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当初、温泉旅館からリニューアルの依頼を受けたとき、先方からのテーマはとにかく「お客様の立場から考えて欲しい」だった。初めて視察に行った時前評判どおりとにかく、ロケーションが良い、料理が新鮮で食べきれない位ふんだんであった。確かに言われるとおり付近の旅館の中でも最高の立地で料理も新鮮であったが、しかしそれだけであった。素朴というのでもなく、趣きがさっぱり無かった。立地に恵まれているあまり、ロケーションにあぐらをかいている。言い換えればロケーションに頼り切っている状況であった。そこには旅館の主体性が感じられなかったのである。
そこで私はこう宣言した「今までは海がもてなす宿であったが、これからは海でもてなす宿にしよう」と、旅館にとって大切なことは非日常の演出である、しかしこの非日常にも種類がある。
- 有り得ない事をありえない状況で見せる・・・非日常的非日常(ディズニーランドなど)
- 有り得ない事を平然と演出・・・非日常的日常(超豪華なロビーや庭園を日常的に見せる)
- 当地にとってはあたりまえの事だがお客様にとっては珍しいを演出する・・・日常的非日常
今回は三番目の方向で進める提案とした。なぜならそれが一番コストがかからず、多くのお客様が異郷に来たという思いで情緒に浸って頂ける事で、広くで支持されるからである。
この宿の場合あるのは海だけそれ以外何も無かった、まずどうしても必要だった「和風の大門」であるが、これはお客様がこの門をくぐったとき、自分達の日常世界から非日常世界に切り替わる為の意識を転換させるための次元装置である。更に普通なら門越しに旅館の玄関が見えたりするのだが、私はそこにいきなり大きな漁船を置こうと提案した。それも常時大量旗をふんだんに上げた船である。海に面した旅館といえども大門の向こう、正面に大きな船があったら皆びっくりするだろう。
結果は大成功。初めての人は必ずリアクションがあるし、漁船があるだけで「ここの旅館の魚は新鮮でおいしいに違いない」とイメージにインプットする。それだけで同じ魚でも倍おいしく感じるのである。それに、ほとんどのお客様が船の前で記念写真を撮ってゆく。私はお客様が旅館の中でどれだけの数記念写真を撮るかが勝負だと思っています。記念に残したい、誰かに見せたいと言う事なら口コミのポイント指数アップとも言えます。
簡単に船を置く、といっても丁度いい形、大きさ、見栄えの船を捜すのはなかなか大変。第一、出来ればタダで頂戴したいと言う事だからなおさらである。先ず近所の漁港を車で走り回って廃船を探したのだが、なかなかそう都合のよいものも無く、正しく暗礁に乗り上げようとしていた時、「ある造船所にちょうど良い船があり、話しを進めている」との連絡が旅館の女将より入った。早速見に行くと理想どおりの形で見栄えもなかなかのもの、これで何とかなると交渉は女将に任せて後の船の改装の段取りを進めていたところ、どうも話がこじれて船が怪しいという情報が入ってきた。ここで船が流れたのではしゃれにならない、何しろ今回のリニューアルの大きな目玉である。
私は急いで造船所に行き、事情を聞きに言ったがどうやら女将は気の強い人で何かの言動が造船所の佐藤社長の逆鱗に触れたらしい。「あの女将には船はやらん」とへそを曲げてしまっている。このオヤジもなかなか強情そうで、この二人ではますますややこしくなると思い、以後私が何回か足を運ぶことになった。
打ち解けると社長は今まで自分が作った船の写真をいくつも見せてくれ、自慢の船の話をしてくれた。この社長は本当に船が好きなんだと分かった。そうなれば自分もものづくりが好きな男だから共通する所は沢山ある。そこで私はどうして船が欲しいか自分の思いを正直に話した。旅館に来る町の子供達は前の砂浜や水で遊ぶことは出来ても、遠くを行く船に乗る機会などほとんど無い、まして漁船に乗ることは無いだろう。自分達がふだん食べてる魚がどんな船で漁られているのかスーパーに来る前のことを体験させてあげたい。だから網やその他の漁具も一緒に何とかして欲しいと頼んだ。そうしたら社長が「分かった。あの女将にはやらねぇが、おめぇならやろう」と言ってくれたのである、しかも魚網や漁具まで都合してくれ、船が少し大きくて入らないので胴体を切ってつないでくれた。本当に佐藤社長には感謝している。おかげで予想以上の船を向かえることが出来た。
この仕事を通じて沢山のいい人との出会いがあった。地元の大工の棟梁の工藤さんもこちらの無理な希望に、それ以上の仕事で答えていただいた。左官の職人さん、植木の職人さん、皆期待以上の事をしてくれた。この様なことは決して多くはない。そして間違いなく言えることは、こういう時結果は必ず良いと言う事である。それは三年経った今、見事に証明された。


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